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下北沢〜古着屋と音楽の街になるまで〜

こんにちは。

神奈川県大和市の印刷・企画・デザインならおまかせのアドタックです。

 

弊社アドタックの最寄り「大和駅」から、小田急線江ノ島線「相模大野駅」を乗り換え、

小田急小田原線「下北沢駅」へは約40分程で容易にアクセスできます。

 

そんな下北沢ですが、古着屋と音楽の街として知られ、

多くの若者や観光客が訪れる場所となっています。

 

今回は下北沢がどのようにしてその地位を確立したのかを調べてみました。

 

●農村から都市へ

•鉄道の開通

もともと農村地帯だった下北沢は、1927年の小田急線と、

1933年の井の頭線の開通によって都市化が進みました。

これにより、東京の都心部へのアクセスが向上し、

住宅地・商業地へとして発展し始めました。

 

● 戦後の商業と娯楽の街

・商店街の形成

戦後、下北沢には多くの商店が立ち並び、商店街が形成されました。

地域住民の日常生活を支える食料品店や日用品店が中心でした。

・劇場や映画館

また下北沢には映画館や劇場がいくつか存在し、

地域の娯楽の中心地としても機能していました。

 

●1960年代〜1970年代:若者文化の発展

・学生や若者の増加

1960年代〜1970年代にかけて、近隣の大学や専門学校に通う学生が多く住み、

若者向けのカフェやレコード店が増えました。

 

・アンダーグラウンド文化

この時期に、独立系の映画館やライブハウスが登場し、

アーティストやミュージシャンが集まる場所としての地位を確立しました。

 

●1980年代以降:古着屋と音楽の街へ

・バブル経済と古着文化

1980年代のバブル経済期に、消費文化が発展する中で、

若者たちは個性的で安価なファッションを求めるようになりました。

この流れの中で、下北沢には多くの古着屋が集まり、古着文化が根付きました。

 

・音楽シーンの発展

同時に、小規模なライブハウスや音楽バーが増え、

インディーズバンドやアーティストの活動拠点となりました。

 

●最後に

こうして、下北沢は古着屋と音楽の街としての地位を確立しました。

下北沢に行ったことがない方は、ぜひ一度訪れてみてください。

その独特な文化と雰囲気を存分に楽しむことができるでしょう。

 

〈T.S〉